アイコン日本の音楽と舞踊の魅力を探る Vol.3

レクチュア「あな妖し考」その2

時:2005年7月22日(金)
場所:紀尾井ホール
日本音楽と舞踊の魅力を探る Vol.5「あやしの美」より

園喜輔 はい、ありがとうございました。
ここで、演奏していただいた山田流箏曲の藤井千代賀さんにも来て
いただき箏曲の方からのお話も頂きたいと思います。
藤井千代賀さんどうぞ。

     藤井千代賀登場。

    左 藤井千代賀、中央 岡田嘉夫 右 花柳園喜輔

園喜輔  先程はありがとうございました。筝曲は生田流、山田流の二つの流がございますそうですが、私あまりわからないのです。ただ、音楽とか舞踊とか含めてお仲間として季座(ときざ)と言うグループがございます、そのお仲間ですので、どうぞよろしくご説明いただきたいと思います。

藤井 生田流と山田流と言うのが、今大体二代流派で御座いますけど、古いほうは生田流でございまして、その前に八橋検校と言う方がいらっしゃいまして、その方は皆様良くご存知かと思いますが、「六段の調べ」とかそういうものを作曲なさった方なんですね。それでその八橋検校から、生田検校が出られて、又後に山田検校が出られたわけです。生田流って言うのは九州、関西方面から来ておりまして、みなさん、はんなりと言うか、のったりと言うか、スピード感があまりない音楽ですので、江戸の方には合わず、江戸の方の山田検校と言う方がちまたに流行っていました歌舞伎音楽とか浄瑠璃系の河東節とかの音楽を取り入れて、ただそういうものの題材が廓の作品が多いものですから、お琴は大体大名の奥方様とかお姫様がなさってるのが多かったものですから、あんまり教育的によろしくないということで、その頃崇高美されていたお能の文句に旋律をつけて山田流と言うのをおこしたんですね。ですからとても、文化文政のときですが、式亭三馬の「浮世風呂」とかには、大奥から宿下がりしてきた娘さんたちが銭湯で山田検校の噂話をしているところが出てますが、それ程、江戸中を風靡していた音楽なんです。

園喜輔  その山田検校さんが作ったのが「葵の上」ですか?

藤井  そうです

園喜輔  山田流ではとても重い曲でございますね

藤井   山田流では一番重い曲と言われておりまして、奥許しって言われます難しい曲の四つの中の一つで、一つは「葵の上」でございまして、「長恨歌」、「小督の曲」、「熊野」と言う風に四つの曲の、なかでも葵の上が一番重い曲でございます。

園喜輔 いきなり一番難しい奥許しのものから入ってしまいまして、山田検校さんに叱られてしまうのではないかと思いますが山田検校さんは江ノ島の方で・・・

藤井 そうです。江ノ島神社というのは神奈川県にあるんですが、そこはだいたい弁天様でございますから芸の神様なんですね。そこに大正六年に山田検校の銅像、坐像なんですけれども建ちましたんです。ただ、戦争中に鉄砲玉にとられてしまいまして、台座だけ残って後はなったのですが、十年位前にお宮さんの中から元になりました石膏像が発見されまして、それで、それではやらなくてはというので、私ども昨年四月十日山田検校のご命日の日なんですけど、その日に江ノ島の奥津の宮と言う一番上のお宮なんですけども、そこに再建いたしましたので、あちらの方に行かれましたらお参りしてくださいませ。よろしくお願いいたします。

園喜輔 歌舞伎ではねたとえば、こういう怪しい物、かさねだとか四谷怪談とかするときは御参りに行くんですね、それぞれのところに。そう言うのはあまり筝曲の方は、・・

藤井 そうですね、御参りに行くにしても遠いもんですからあれなんですけど。ただ私どもはそれでは申し訳ないので、銅像を建てたり、京成高砂に源照寺というお寺がございまして、もともと浅草にあったんですが関東大震災のあとに強制疎開に合いまして、区画整理ですか、にあいまして、みんなあの辺のお寺が高砂に移動したんですが、毎年五月十日に検校様の御法会というのをやっております。

園喜輔 ありがとうございました。お琴はコーロリンシャンとかいいますけど

藤井 はい

園喜輔 ちょっと怪しげな、ララランとか、よく口唱歌って日本の音楽は全部口唱歌でできるようになっておりますね、そういうのはどういうところでやっておりますか

藤井 だいたい全部手に口唱歌と言いましょうか、口三味線と言いましょうか、口琴とは言わないのですが、コーロリンとか、トン、とかシャン、サラリン、生田にはサララララ〜ラリンとやるんですが、山田はサ〜ラリンしかないのですが、ちゃんとそうした手にくっついた唱歌がございます。ですから、六段なんかは、テーン、トーン、シャンと言えば弾けるようになっているんです。

園喜輔 なるほどね。ありがとうございした。まだまだ伺いたいんですが、次のこともございますので、又よろしく、どうぞお願いいたします。藤井千代賀さんでございました。

千代賀退場。

園喜輔  このシリーズはこの様にいろんな音曲を取り上げましてですね、皆さんに聞いていただき、私もそれで勉強して踊らせていただくというのがもう一つのテーマなんですね。
先生、仕事をなさってる時、よくFMの例えば邦楽の番組なんかを聴いていらっしゃると言うお話ですけど、新内なんかはいかがですか?

岡田 大好き

園喜輔 今日はもう一つの音曲が新内でございます。新内も江戸の浄瑠璃でございますが、新内と言うのは、ちょっと、まあ、流し、町中を流して、もちろん座敷でもやりましたが、流していたそうです。では新内流しからお聞きください。

園喜輔 聞こえてまいりました

新内流し(鶴賀?代寿郎さん、新内剛士さん)が客席を演奏しながら練り歩く。


      前左 鶴賀?代寿郎  前右 新内剛士

岡田 いいですね―。手摺がいりますね。

園喜輔 二階座敷かなんかでね、ちょっとこのいい仲の男女が手摺で聞きほれている。ちょいちょい、と言う雰囲気だと思います。
新内は上調子というか高調子の上調子が印象的で、特徴があると思います。
先生のお好みは何ですか。まさに江戸ですねえ・
いよいよ十八番の「蘭蝶」でございます。

岡本宮之助さんが歌で加わる。
♪縁でこそあれ末かけて約束堅め 身を固め

園喜輔 今日はどうもありがとうございます。大変江戸情緒満喫させていただきました。
浄瑠璃歌の岡本宮之助さん、お三味線は鶴賀?代寿郎さん、新内剛士さんでございました。又後ほど演奏していただきます。
そもそも新内、ちょっと歴史というか、どんなものなのかおっしゃっていただけますか。


     左 岡本宮之助

岡本 もともと京都に一中節と言うのがございまして、そこから細かいことを言い出しましたら、何時間あってもきりがないのでございますが、豊後節と言うのができまして、そこからいくつかに分かれて一つは清元になったり
富本になって清元になるのですが、あと常磐津になったり、で、富士松節ですとか鶴賀節とかになるんですが、そこに鶴賀新内と言う人が出まして、その人がやっていた音楽がだいたいにかよった物全部を総称して新内と言うようになったようです。

園喜輔 なかなか私はしんなかったです。(笑い)
今度初めて新内で踊らせて頂く「むじな」はこれは岡本文弥さん、大変長寿で・・・

岡本 一〇一才です

園喜輔 近年まで活躍されていたんですが、その岡本文弥師匠の後継の岡本宮之助さんに演奏していただきます。
このむじなはあのラフカディオ・ハーン小泉八雲原作の物を取り入れて、非常に新しい物を取り入れられた文弥さんはどういう方だったんでしょうか。

岡本 とにかく一言で言うと自由な人でした。何をやるのも自由、発想も自由、食事も自由、何もかも全部自由。

園喜輔 文弥師匠のお声を聞いていただきたくご用意いたしました。これは小泉八雲のものでしょうか、「耳なし芳一」と言う怪談がございますね、それを作られたので、ちょっと聞かせてください。テープお願いします。

「耳なし芳一」のテープが流れる

園喜輔 これがいくつぐらいのときですか・

岡本 これは九十九の時です。

園喜輔 すごいですねぇ、本当に。たいしたものだと思います。
新内は江戸浄瑠璃の江戸情緒がいっぱい感じられるものですが、やはり三味線は上調子なんかが効果的なんでしょうかね

岡本 そうですね。昔は、昔といっても五十年くらい前まではそれ程発達してなかったようなんですけども、最近は新内の特徴と言うと上調子の音なので、お客様が一番最初に気になるのが上調子の音になるんだ思います。

園喜輔 張りは、声の張りはぜんぜん変わりませんでした?すごいですものね。

岡本 この時代に聞いた方は、この時代になってから母に習えた方がたくさんいたんですが、だいたい長生きした人のした人の常で、その前に習ったお弟子とかその昔の師匠を知ってる人は、もうああいうふうになってからしか聞いてなくて気の毒ねえ・・みたいな言い方をよくします。
昔はもう、流しやってた頃なんかは、池之端の反対側まで声が聞こえたらしいですから。

園喜輔 はい、そんな「むじな」を、こんど跡継ぎの方にやっていただきます。
どうぞよろしくおねがいします。お支度どうぞ、ありがとうございました。

岡本宮之助さん退場

園喜輔  先生あとちょっと、あやしのことについて、お客様に、こんなことをお伝えしたいってなことがございますでしょうか

岡田 あのね、あやしって言うのはね、いつもプラスアルファなんです。怪はわりにストレートなんですよね。見て恐い。あやしは想像して恐い、ちょっとひねてますね。よじれてますね、「あやし」は。


「むじな」の舞台より

園喜輔 毎回なんか難しいテーマに取り組んじゃったなあと思うのですが、今回も一ひねりあるようなこと、なかなか私できませんですけど、おいおい勉強させて頂きたいと思います。お話は尽きないんですが、そろそろ時間でございます。
これから一〇分の休憩の後に新内のむじなをご覧頂きます。これは岡本文弥さんが節付けをなさって、大分以前に西川喜之輔さん、獅子の会のお仲間なんですが、若かりし時にお作りになったとても面白い振り付けがしてございますのでやらしていただきたいと思ったんですが、一〇年くらい若かったらよかったなあと思っておりますが、とにかく一生懸命踊らせていただきます。この「むじな」の舞台が、この紀尾井坂、ここが紀尾井ホールでございますから、それからもう一つ向こう、お堀を超えた向こう、迎賓館の通りがございますよね、あそこの赤坂の方面に向かっていくところが紀伊の国坂なんです。ちょうどその近くの場所が舞台になっておりますので、どうぞお帰りには気をつけて(笑)お帰りください。
それでは、一〇分間休憩いたします。ゲストの岡田先生でした、どうもありがとうございました。

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