アイコン日本の音楽と舞踊の魅力を探る Vol.3

レクチュア「あな妖し考」その1

時:2005年7月22日(金)
場所:紀尾井ホール
日本音楽と舞踊の魅力を探る Vol.5「あやしの美」より

園喜輔 皆様こんばんは。お暑いところようこそお出かけ頂きましてありがとうございました。紀尾井ホールでの「日本の音楽と舞踊の魅力を探る」五回目でございます。
当初私十回目を目途にシリーズ公演をやってゆこうと思っておりまして、ちょうど今回が折り返し地点でございます。一回目から毎回切符を申し込んでくださった方、本当にありがとうございます。また初めての方もありがとうございます。五回全部申し込んでくださったお客様にお帰りには受付で記念品をさしあげたいと思っております。
ところで今回は「あやしの美」と称しまして幽霊や物の怪、また草木の霊だとか,色々日本の芸能には出てきます。今踊らせていただいたのが山田流箏曲の「葵の上」でございますが、光源氏の正妻葵の上に六条の御息所の生霊が取り付いて殺してしまう、というような話ですね。自分の中でもわからないうちに生霊が自分の体から抜け出てしまう、大変に怖いお話だと思いますが、日本舞踊の場合ですと、それを美化してなるべく美しい幽霊や物の怪で表現しようというのが、「あやしの美」ではないかと思います。
今回はゲストに画家の岡田嘉夫先生をお迎えしております。
まず、岡田先生にでていただきましょう。
岡田先生どうぞ。 (拍手)

岡田氏登場

岡田  岡田嘉夫でございます。

園喜輔  先生との出会いは私が「獅子の会」といいまして、男性ばかりの流派を超えたグループの会がございます。そのアートスフィアの公演のときに「湯上りのかさね」という鶴屋南北の物を舞踊化したときに、美術全般を担当してくださった先生なのですが、先生の美術、衣装考証で踊らせて頂いたんですが、男性のね、ふんどしが本編総絞りのふんどしであるとか、私は芸者のおさんというのをやったのですが、それは押し絵みたいなパッチワークの綿の入った刺繍みたいのですね、これが踊りづらくて・・・そんなことお構いなしに色々デザインしてくださるものですから、踊るとゴロゴロして、・・という、でもそれで無くちゃ駄目と言う、恐い先生でしたけど・・そんな思い出がございますけど、本当はやさしい先生なんです。

岡田  ありがとうございます。

園喜輔  今日は「あやしの美」と言うテーマでございますが、まず先生に「あやしの美」と言う美学をちょっとお話いただきたいと思います。
岡田  「あやし」というのは、怪談の怪とは又まったく別ものなんです。「あやし」の定義は先ず、リッチでないといけないんです。それから、喋りすぎないってことなんですね。六条の御息所が葵の上の枕元に立つためには、やはり十二単で京の大路の通りを音もなく真夜中に歩かなくちゃあならないのです。十二単がぼろぼろじゃあこれは「あやし」じゃなくなるんですよ。豪華絢爛たる雰囲気で葵の上に脅しをかけにいく、これが「あやし」の神髄なのです。

園喜輔  はい

岡田  四谷怪談の中には「あやし」は存在しないのです。

園喜輔  あの、皆さん、先生がどういう絵を書かれるか、スライドを用意しましたので、見ていただきながら又その話をしたいと思います。
恐れ入ります、スライド1を映してください。

スライド1
園喜輔  先生は今、歌舞伎の絵本を作っていらっしゃいまして、本当は今日に間に合うように作っていただきたかったんですが、ちょっと出版が遅れまして。「四谷怪談」の絵本なんですね。
岡田 はい、そうです。この絵はね、四谷怪談のクライマックス髪梳きなんです。このたび、「あやし」が存在しない四谷怪談に「あやし」をほうりこみました。ストレートにお岩さんが髪を梳いているのを描くと「怪」、鏡の中から牡丹の花がとろけ出ると「あやし」なのです。これが喋りすぎないという美学。ストレートじゃなくて、カーブですかね。

園喜輔  はい。この牡丹が崩れて・・・

岡田  そう、崩れて・・だから顔を描かないんです。顔を描かないほうが一層恐くなるっていうことですけど、これ、子供の絵本だと言っても誰も信用しないと思うのですが、
園喜輔  子供のうちからこういう物を見せたほうがいいと・・・

岡田  そう、子供は大人以上に貪欲です。何でも噛み砕いてしまいます。

園喜輔  子供だからって別にやさしく、低くする必要はないってことですかね。

岡田  そうです。絵描きが、子供の絵本だからと言って、子供に近づいて下手ウマな絵を描いて、“ねえ坊や”っていう絵は僕は嫌いなんです。大人の精一杯の全力投球で子供にぶつかって、子供が逃げ惑うような状態でも、僕はいいと思うんです。子供の絵本ていうのは。
子供はそれなりに反応すると思います。

園喜輔  では、次のスライド見せてください。

スライド2
園喜輔  はい、これが先生の特徴なんですが、目がないんですね、先生の絵は。先生の絵は何の絵もそうなんです。田辺聖子さんが書いた「源氏たまゆら」というのも先生が絵を描いておられますが目がない。これも目がないでしょ。どうして目がないのか伺いたいのですが。

岡田  目の玉は皆様にプレゼントなんです。
皆様が勝手に右向いてるか、左向いてるか、自由にお考えになったら、おそらく目の玉は動くはずなんです。
だから、愛しい男を見ている時の目ン玉って言うのはどういう目ン玉か、僕も描けないと思うんです。見る側が勝手に考えて、流し目にしようとそれはもうご自由。

園喜輔  これはきれいな時のお岩さんですかね
岡田  そうですね。お岩さんは今回顔がくずれません。最初から最後まで美人なんです。

園喜輔  はい、美しくなきゃいけないんですね

岡田  そうです。美の最終着地点は今日のテーマ。


園喜輔  「あやし」ですね。

岡田  「あやし」は、料理で言うと、一人一席七、八万クラスの会席といったところ。決して、フランス料理やイタメシであってはいけないのです。

園喜輔  はい、では次のスライドお願いします。

スライド3
園喜輔  これはきれいです。

岡田 これはお梅です。これはもう歌麿をベースにしまして四谷怪談をまったく無視しております。こういうきれいなお嬢さんだから、伊右衛門さんと別に惚れ合ってもいいんじゃないかなと思いましてね。

園喜輔  はい。でも、その顔の中に独特の何かまあ、毒って言うんでしょうかね、歌舞伎の持ってる悪の花とか、そういう物を感じられて、一度見たら先生の絵は忘れられなくなっちゃうような程、インパクトがあるように思います。

岡田  はい

園喜輔  こうやってシリーズとして今までできたのが・・・、
岡田  「仮名手本忠臣蔵」と「義経千本桜」がもうすぐ発売になります。なんか宣伝になりましたね(笑)・・

園喜輔 「仮名手本忠臣蔵」はもう発刊されておりまして、今日はロビーに文化堂さんが出店しており、演奏会のCDも含めて、先生の本も・・・橋本治さんが書いてるんですね、それから先生の絵で、その「仮名手本忠臣蔵」は買うことができますので、是非この記念にお求め頂いても良いかなと思います。どうぞ、ご希望の方はご覧になってください。又、この「四谷怪談」や「千本桜」もちょっと見本がございますので、どうぞお立ち寄りになってみてください。
先生はとても歌舞伎を愛してらっしゃるし、歌舞伎との出会いも古いとか思いますが、いつ頃どういう物をご覧になっていますか


岡田  僕の小さいとき、家の亡くなった祖母が追っかけをしていたんです。山城少掾と嵐雛助の・・・。ご存知でしょうかね?

園喜輔  関西の方ですね

岡田  そうです、関西の文楽の太夫さんと歌舞伎役者なんです。で、その追っかけをやってましてね、自分一人で南座とか中座にいくのが嫌なもんで、僕を引き連れて、幼稚園の時から、そして小学校になると学校を休まさせられて劇場通いです。
その時見ていたものが今何か残ってるみたい、財産となって。
左 岡田  右 園喜輔 園喜輔  特に女形さんの徐々に女形になって行くって言いますかね、強烈な印象をお持ちなんですね。

岡田  それは強烈だったですよ。三世の時蔵ってのご覧になった方いらっしゃいますかね?もうまさにね、この人が女形さん?今の、玉三郎さんなんか見てる方が三世の時蔵を見たら逃げちゃいますよ、劇場から。もうゴリラみたい、それがね、お富の役で舞台上の鏡台のまえに座るにしても、ドタッと座っちゃうんですよ。今の玉三郎みたいなナヨナヨした座り方しないんです。どーんと座ってそれから髪をなでながら、鏡に向かってる段階で美人になって行くんですよ。それはもう恐ろしいくらいで、あのゴリラみたいなおっさんが、こんないい女になれるの?っていうような、やはり時蔵の芸なんでしょうね。

園喜輔  それが歌舞伎であり、又本当の「あやし」であると
岡田  アヤシくカブカないと歌舞伎でない。

園喜輔  話を戻しますが、六条御息所のくだり、源氏物語ですね。我々はなかなか源氏物語って言うのは知っていても、読んだり又、原文で触れるなんて事は殆どないんですが、ちょっと今日は原文を先生がご披露下すって、その中からあやしというものを掬い取って考えてみたいと思っておりますが。


岡田 先程ご覧になりました葵ですね。紫式部が書いた原文と言うのは、ゆっくり読みましたら難しくも何ともないのです。すごくわかりやすいんです。現代語訳にするほど面白くなくなって、源氏物語ってのは私たちの世界じゃないわっていうような状態で遠くにいっちゃうんです。今日も、原稿用紙にしましたら半分ページくらいの分量で六条御息所の心理を全部表現してわけです。今の現代作家が翻訳しましたら、やはり原稿用紙十枚から二十枚くらいになる分量を紫式部はたったの十行くらいで全部表現してる一文があるんです。それをちょっと・・・
葵の上が子供を、男の子を産むんですよね。それまでに六条御息所は何度も枕もとにたってのろい殺そうとして一生懸命になってるんですけど、危機一髪のところで、葵の上は子供を産むんです。それがもう腹立たしくてしょうがないくだりがあるんです。それを読みますから原文で。
「かの御息所はかかるおんありさまを聞き給ひても、ただならず・・・」
と言うことは、葵の上の家はもう男の子が生まれたからドンちゃん騒ぎしてるわけなんです。で、
「かねては、いと怪しう聞こえしを、たいらかにも、はた」
これは、危篤だと言いながら平然と良くもまあ子供を産んだものだ、ということ。それが六条御息所の心理として、たったの一行で表現してるわけなんです。
「とうちおぼしけり。怪しう、われにもあらぬ 御心地をおぼしつづくるに、御衣などもただ芥子の香にしみかへりたり。
怪しさに、御ゆする参り、」
ゆするってのは、髪を洗うことなんです。
「御衣着替へなどし給ひて、試み給へど、なほ同じやうにのみあれば、わがみながらに疎ましう、おぼさるるに、まして、人の言い思はむことなど、」あの方やはり葵さんの枕元に立ったんだって言う、噂話の種を人に言うってことほど愚かなことなないって言う意味なんです。
そんなこと言えないから、「人に宣ふことならねば、ただただ心ひとつに、おぼし嘆くに、いとど御心変はりさらに増さりゆく。」
おんこころのかわりってのは、狂気になるってことなんです。狂気がますます勝り行くって言う、これだけで全部表現しております。お分かりになりますでしょ、古語ってのはそんなに難しくない
んです。コツはゆっくりプツンプツンと切って読むことです。


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「物狂い考」その3 「物狂い考」その4
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