リストマーク 日本の音楽と舞踊の魅力を探る VOL.1

ものぐるいの美−狂うほどの愛、知っていますか− より
レクチュア「物狂考」  その1

1.はじめに
園喜輔 皆様、ようこそいらっしゃいました。花柳園喜輔でございます。「日本の音楽  と舞踊の魅力を探ると題してのシリーズのスタート。
  『ものぐるいの美』の幕開けは、清元の『保名』をご覧いただきました。二十代の頃 に踊ったきりで、ずいぶん久しぶりでして、<物狂い>でなくて、<死に物狂い>の踊 りでございました。(会場爆笑)                              


写真解説:清元 『保名』〜深山桜及兼樹振(みやまのはなとどかぬえだぶり)〜
安倍保名 花柳園喜輔
浄瑠璃  清元美寿太夫 三味線 清元美治郎

園喜輔 いよいよ二十一世紀が目の前に迫っておりますね。あるコマーシャルで二十世紀 に置いていく物、二十一世紀に持っていく物とか云うのがあったと思いますが、私ども がたずさわっている古典芸能と呼ばれるものの中には、ともすれば置いていかれてしま うような危惧もございまして、江戸以来先人の残した三味線音楽や舞踊の魅力を改めて皆様とともに探りたい。そして、来る二十一世紀にも日本の心を伝えた文化として誇り をもってこの仕事を続けてゆきたいと思いまして、この公演を企画いたしました。
  今日は、清元(きよもと)と長唄(ながうた)ですが、義太夫(ぎだゆう)や常磐津 (ときわづ)、また古曲(こきょく)と呼ばれる一中節(いっちゅうぶし)や宮薗節(み やぞのぶし)、荻江節(おぎえぶし)なども「・・・の美」というテーマに沿って取り 上げて紹介し、踊らせていただきたいと思いますので、ご期待ください。
お陰様で第一回は、こんなに大勢の皆様にお出かけいただきありがとうございます。 まだ沢山の方がお申し込みくださったのですが、とても入り切れる数ではございませんで泣く泣くお断り致しました。どうぞ、その方々の分までじっくりとご覧くださっ  て、皆様でこの公演を育てていただけたら何よりでございます。
  さて、本日レクチュアをお願いいたします如月青子(きさらぎせいこ)先生は、三味 線音楽、舞踊はもちろん、伝統芸能全般に精通の評論家でいらっしゃいますが、なかな か辛口の事をお書きになるので、私どもは先生の評をハラハラドキドキで伺います。で も本質をついた事をおっしゃるので私がとても信頼しているお一人でございます。
  どうやら、舞台の準備ができたようです。では、レクチャア「物狂考」、お話をしていただくのは、評論家如月青子先生です。皆様、拍手でお迎えください。

2.如月講師登場

  如月青子講師

如月 皆様、今晩わ。如月青子でございます。はじめにひと言お断りさせていただきます。 私、話すことが下手でございます。トチると思いますがお許しください。それから、常 々思っていることですが、日本の芸能というものは、ちょっと分野が違いますと、評論 家も、演者も、制作者も話が通じないほど奥深いものでございます。ですから、私がこ こで話します中に間違っている事があるかと思います。客席にはご専門の方々がいらし ゃってると存じますので、最後に皆様からのご指摘、お叱りを承る時間をとらせていた だきました。その時に、私が調べないと分からないことが出てくるかも知れません。そ れはなんらかの方法で公示致しますのでよろしくお願い致します。

3.「物狂い」とは
如月: さて、「物狂い」ということでございますが、芸能の元について考えてみたいと存じます。そこには、或る特別な人間がいます。仮にAといたしますと、そのAは有 資格者なんでございます。そして神を迎えて、一つの行事を行おうといたします。神が 降りたってくださる、よりどころになる物といたしまして、たとえば榊(さかき)であるとか、笹であるとかを真ん中に立てまして、Aがリーダーになり、大勢の人が円陣をつくりまして、ぐるりをずっとまわり続けます。やがて、神が宿られますと、そこにある興奮した状態が生まれてまいります。それまでまわっていたものを平仮名の<まい>と言わせていただきますね。その<まい>の状態が、今度は速度も早くなり、熱も高まって参りまして、平仮名の<くるい>ということになって参ります。これは一つの「祭祀(さいし)」の場でございますね。先程申しました、神が宿りました物を「依代(よりしろ)」と呼びます。
  この形がだんだんと芸能の方に流れこんで参りますと、さっき申しましたまわる形の<まい>が高揚して<くるい>という形になります。そして、さらに<くるう>ものは <まう>という繋がりができてきます。
  芸能の原点を探るのに一番よいのは、能(のう)だと思いますが、能のほうには、「物狂いがこの道一番の面白いもの」だと伝わっております。「面白う狂うて見せそうらえ」という求めに応じて、シテが舞います。そこが見所になります。そういうときに、どういう形がとられるかというと、たとえば、「依代(よりしろ)」の代表である笹の小枝を持ちます。これは“狂い笹(くるいざさ)”と申します。そして、こういう物を「採物(とりもの)」と呼びます。先程、ご覧いただいた『保名(やすな))』では、「採物 (とりもの)」としての笹が恋人の小袖に代わっております。(次にご覧いただく『賤機帯(しずはたおび)』では、まさに“狂い笹(くるいざさ)”を手に登場いたします。)   *右写真は 『賤機帯』狂い笹を持った姿

如月: こういう「物狂い」の状態の人というのは、狂人ではございません。先程申しました「祭祀(さいし)」の場でまわって、<くるい>の形になる人は狂人ではありません。 ただ、精神が高揚してくる、熱っぽくなってくるわけです。そういう状態の者が、舞う のが面白いというのは、つまり先程の能の「物狂いがこの道一番の面白いもの」ということに繋がってきます。
  この「物狂い」という状態には、どういう人がなるのかと言いますと、代表的なのは、自分が大切に思っている、恋人であるとか、肉親であるとかとの別れですね、人間最大の悲しみに出逢った人です。つらさ、悲しさのため、長い時間あちこちさまよい歩く。 場所と時間が広がってきます。その時に見せる芸がとても面白いものだと定着して参ります。
  もし、こうした探している人に会えた場合には、歓喜の踊りや舞いがあるはずなんですが、そこが見所になっているかというと、そういう事ではございません。やはり、悲しみの中で探し回るところが見所になっています。その伝統が日本舞踊の方にも見られております。
  後で聞いていただきますが、<物狂い>の音楽として、「カケリ」というものがございます。定型としてよく知られています。

4.素踊り形式
如月: 今日は、「素踊り(すおどり)」ということで、ここには、花道もありませんし、バック、かつら、本物の衣裳もありません。これらを取り除いて、おどりのデッサンを強調して見ていただく形式を「素踊り(すおどり)」と申します。男性の場合には、紋付き袴という形が定着しているので、ややこしくありません。女性の舞踊家の「素踊り」と申しますと、これは「素踊り」なのか、「本衣裳(ほんいしょう、大道具やカツラに合わせて付ける衣裳)」なのかしらと紛らわしい場合も出てきます。ですから、男性と女性が一対になっている「素踊り」の場合には、焦点が合わないと感じる方もおありになると存じます。

以下次回に続く。

次回は、「保名(やすな)」と「賤機帯(しずはたおび)」の舞台解説を写真スライドを交えて紹介致します。